閉じこもって、ひとりゆっくり

ある人に言われた。
「酒を飲まない清水さんなんて……」
「飲む歩かないとしみてつさんじゃないよね」
そう。ただいま酒を飲まないしみてつになっているのだ。3週間になるだろうか、新型コロナウィルス感染拡大防止のための自主ロックダウンに入った。もちろん感染するのは怖い。特に、岡江久美子さんの例を見ても明らかだが、癌に対する放射線治療後の抵抗力低下、免疫力低下は人ごとではない。感染すると重症化するのはまず免れないだろう。

主にコーヒーだな。この日はバナナつき

だが、考えてみればそれは自己責任だし、因果応報、自業自得だ。動いた結果が感染につながり、死につながる私にとって、じっとしていることは最善の策なのだ。さらに考える。感染することは怖いが、自分が感染源になることはもっと怖ろしい。96歳になる母がいる。彼女に移すことになれば……。そう思うと母の安全のためにもじっとしていることが大切だと思う。じっとしていると酒など飲まなくていいか、というふうに……。ちょっとさみしいけどね。前にも書いたことがあるが、酔うためにというよりも、空気を楽しむために酒を飲んでいるようなところもあるので、閉じこもって、ひとりでとなると、飲みたいとも思わなくなるのだ。ほんとに、しみてつらしくない。

テレワークの1コマ

閉じこもって何をしているのかというと、そんなこと仕事に決まってるじゃないか!
1日に何本かのテレビでの打ち合わせをこなし、少々文章を書く。時にはラジオの収録などもリモートですませてしまう。出演者が顔を突き合わせる必要もない。便利な時代になったものだ。しかもこの状況下、一気にリモートワークが進み移動する必要すらなくなっている。仕事というものの概念が変わりそうだ。仕事だけではない、飲み会だってリーモートになっている。モニターを通じてネット上で飲み会をやるわけだ。相方のタニカツさんは昨夜もやってたな。なんだか盛況で楽しかったようだ。入場制限があったかどうかは知らない。バーチャルな飲み屋で、酔いつぶれる心配もないし、議論が昂じて殴り合いになることもない、ひょっとしてフィジカルなセクハラもないし、これはいいかもしれないな。

それでも私は飲まないし、飲む気にならない。仕事以外の時間は、本などを読み、音楽などを聴き、映画などを見、過ごしている。それもまた楽しい。しかし、どんな本を読んでいるのかというと、これが酒や酒場にまつわるものがけっこう多い。例えば昨日だが、最初に手に取ったのは「今夜、すべてのバーで」(中島らも/講談社1991年刊)だ。そういえばこの頃、私も肝硬変やアル中の恐怖に怯えながらも飲み倒していた。右脇腹をさすりながら……。

次に「日本の名随筆11 酒」(田村隆一編/作品社1983年刊)。これは冒頭の萩原朔太郎「夜の酒場」という詩にひかれて衝動買いした1冊だ。

夜の酒場
夜の酒場の
暗緑の壁に
穴がある。
かなしい聖母の額
額の裏に
穴がある。
ちつぽけな
黄金蟲のやうな
祕密の
魔術のぼたんだ。
眼をあてて
そこから覗く
遠くの異樣な世界は
妙なわけだが
だれも知らない。
よしんば
醉つぱらつても
青白い妖怪の酒盃は、
「未知」を語らない。
夜の酒場の壁に
穴がある。

飲まなくても飲んだ気分になれる。酔える詩だ。

そうしてご存知「深夜食堂」シリーズ全巻(安倍夜郎/小学館)。コミックだけど、酒場が様々な物語が紡がれる場所だということがよくわかる。壁のシミにまで物語がある。これはもう、ただのコミックではなく、文学・文芸としての香りさえ漂う。

とまあこう書いてると、なんだ酒にまつわる本ばっかりじゃないかと自分でも思ってしまう。やはり無意識のうちに酒を求めているのかもしれないな。自嘲自嘲。

酒を飲んでいる暇はない……

清水哲男

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