「うまいおでん屋があります。関西風の」タニカツさんの言葉にひかれた。
鹿児島のおでんと言えば味噌おでん。黒々としていて、ぼくなどは見ただけでお腹いっぱいになる。焼酎と合わせる土着の酒飲みにはいいかもしれないが、日本酒とあわせたいぼくにとってはちょっとヘヴィだ。そんなこともあって、鹿児島に移り住んで22年になるが、酒場でおでんを注文したのは片手の指で数える程しかない。鹿児島市内に関西風出汁のおでんを食べさせてくれる店があると聞くと、必ず出かけることにしている。だから、鹿屋にもそういう店があると聞けば、のぞかないわけにはいかない。

タニカツさんが案内してくれたのは、本町の黒ぢょかという店だ。
「残念なことに建物全体を建て直しちゃって、佇まいに50年以上という歴史が感じられなくなってしまいました」とタニカツさんは教えてくれたが、店名を入れた電飾看板は旧いものそのままだし、カウンターやおでん鍋、燗つけ器もそのままだ。特に無垢材のカウンターの手触りは格別だ。これまでに何人の酔客が、心地よい酔いに任せてこれを撫でて悦に入ったことだろう。手沢というやつだろう。暖かい光を放っている。静かな笑顔で迎え入れてくれた女将は、無口で控えめな人柄のようだ。何を聞いても言葉は少ないが、的確な返事が返ってくる。店によっては過剰な対応で疲れることもある。客の方が話の聞き役になるような……。少なくとも黒ぢょかはそんな店ではない。

おでん鍋の前に陣取る。これも女将の人柄だろう。鍋の中にはタネが整然と並べられるように、出汁に浸かっていた。
「きれいに並んでいますね」と言うと「先代から受け継いだままです」と返えってきた。薀蓄などではなく、事実をそのまま。その鍋はかなりの年季が入っている。それ自体代を継いで使ってきたのだろう。最近見かけなくなった燗床も備わっている。日本酒でも、前割りの焼酎でも、これで事足りる。昔から使われてきた道具というやつは、合理的で便利だなあと改めて納得する。

おでん鍋は2つ並んでいる。目の前のタネが整然と並べられた鍋と、少し小ぶりで木蓋を閉じた鍋。そちらは……、と聞こうとしたら女将が蓋を取った。味噌ダレの中に豚ナンコツ、豚バラ、牛スジが入っていた。なるほど、この3種のタネは味噌ダレでなければならない。そこは関西人のぼくにも納得がいく。鍋の中を書き上げると、糸こん、板コン、えのき、豆腐、昆布、巾着、ロールキャベツ、しいたけ、はんぺん、たまご、厚揚げ、大根、もやし、里芋、ちくわなどがあっただろうか。

焼酎のお湯わりを頼み、とりあえずたまご、糸こん、厚揚げ、昆布を。おでんのいいところは、待たなくていいということだ。店にとってはそれだけ仕込みが大変だということになる。同行者も次々に注文する。女将は黙ってそれに応じ、皿に取り上げて客の前に出す。無駄な動きは一切ないし、静かだ。こういう店は、写真を撮られることを渋る場合が多い。撮ってもらうほどのこともありませんと、謙遜しながらじっくり断るのだ。ところが写真を撮っていいかとたずねると、「どうぞ」と笑顔が返ってきた。

おでんの味は、いや出汁の味はと言った方がいいかもしれないが、昆布出汁のよくきいた関西風で、それがタネの芯にまでじっくり浸みわたっていた。「うまい」と小さくつぶやいた時、女将がふっと笑顔を浮かべたような気がした。次に大根とロールキャベツを。特に大根はうまかった。芯までしっかり出汁の色が入っていて、黄金色といってもいいような色合いだった。同行者が注文した豚ナンコツと豚バラを少しよばれた。丸々1個だとぼくには少々大きいのだ。食べ切れそうにない。この味噌ダレは見た目ほど濃くはなかった。あっさりしていて、味噌おでんを敬遠しがちなぼくでも、これなら食べられそうだ。

黒ぢょかはおでんの店だが、おでんしかないわけではない。頼んでおけば刺身も志布志や垂水から魚を入れてうまいのを食べさせてくれるし、季節の一品料理もある。この日は炒り銀杏と山太郎ガニの味噌汁があった。ぼくらはそんなものを思い思いにいただいて、静かな女将を巻き込んで散々おしゃべりをした。その間入ってきた客は2人だった。
また来ますと席を立ち外へ出た。人影はまばらだ。その後鹿屋の歓楽街を歩き回った。暗い通りに人影はほとんどない。みんな店に入っている時間帯だろうか……。天文館とは違い呼び込みの影さへない。ひっそりとしている。大隅最大の都市の夜にしては少しさみしいな。それだけ地方都市の経済は疲弊しているということだろうか。

黒ぢょかの女将の笑顔が思い浮かんだ。
頑張っている人も多いに違いない。
そんな人が心からの笑顔で店を切り盛りできるように願わずにはいられない。

(文/清水哲男)

おでん 黒ぢょか
鹿屋市本町4-24
電話 0994‐42‐3367
営業時間 17:00~23:00
定休日 日曜日・月曜日

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